ジャイアントパンダの発情と交配

パンダの繁殖が困難な要因は、交配可能な日が年に2~3日と短く、
単独生活のためオスとメスが交配適期に出会うチャンスが少ないこと。
当パークでは自然繁殖を目的として、様々なデータを収集し
交配適期を見極めています。

1.発情兆候

発情期を前期、中期、ピークの3つのステージに分類して、各項目の発情兆候や行動などの情報収集を行っています。(表1) 2001年〜2020年の期間で2月〜6月に発情、交尾に至った10例について、オスとメスの発情ステージ分類を行いました(表2)。交尾初日を0日とし、遡り各兆候が発現した日(平均±標準偏差)を示しています。発情中期や発情ピークは、オスとメスの時期が同調していますが、発情前期はメスが1ヶ月前後であるのに対し、 オスでは2〜3ヶ月前から発現しています。

  • 表1.発情ステージ 分類

    発情ステージ 発情兆候・行動
    メス 発情前期 マーキング、水浴、陰部レベル1
    発情中期 恋鳴き、オスへの興味、陰部レベル2
    膣粘細胞角化細胞増加 発情ホルモン上昇
    発情ピーク 陰部レベル3、発情ホルモンピークから下降
    プレゼンティング⇒交尾
    オス 発情前期 マーキング、水浴
    発情中期 恋鳴き、メスへの興味
    発情ピーク メスへの強い興味、マスターベーション⇒交尾

  • 表2.発情ステージ 発現時期

      発情前期 発情中期 発情ピーク
    メス ‐20.0±12.2日 ー7.6±1.4日 ー0.6±0.8日
    オス ー2~3ヶ月 ー6.3±2.0日 ー2.4±1.9日

    ※交尾初日を0日とする n=7

語句説明及び補足

  • 陰部レベル ・・・・色調や腫脹により1~3にランク付け
  • 恋鳴き・・・・・・発情期特有の鳴き声
  • 膣粘膜細胞・・・・当パークの場合尿中に排泄された細胞をパパニコロウ染色をして青色有核細胞、赤色有核細胞、無核細胞に分類カウント
  • 発情ホルモン・・・当パークの場合は、尿中エストロジェン代謝産物の一つであるエストロンー3ーグルクロニド(Estron-3-Glucuronide,E1G)を測定
2.交配適期の見極め

2020年の「良浜」の発情兆候及びE₁Gの推移をまとめると(図1)、発情ピークに向けてE₁Gの上昇、恋鳴きの回数増加、陰部の腫脹と発赤が認められました。最終的には、相互に鳴きあい、メスがオスにお尻を向け、尻尾を上げるプレゼンティングが認められた後に同居をして、交尾に至っています。パンダの排卵時期は、発情ホルモンの値がピークから急激に低下した時だと報告されているので、2020年の交尾は排卵時期と一致していました。Babaraら(2003年)は、膣のぬぐい液より細胞を採取し、パパニコロウ染色で「有核好塩基性」、「有核好酸性」及び「無核角化細胞」に分類しています。交配約1週間前に好塩基性細胞と好酸性細胞が交差、交配2~3日前に角化細胞の割合が他の細胞を上回り、交配の適期を事前に予測するのに有効であると報告しています。当パークでは、個体の負担軽減を目的として、膣粘膜細胞を直接膣より採取するのではなく、尿に排泄される膣粘膜の剥離細胞から観察しています。「良浜」の膣粘膜細胞の変動(図2)では、交配6日前に好酸性細胞、2日前に角化細胞がそれぞれ優位になり、尿に排泄される剥離細胞でも同様の結果が得られました。

尿中に排出された膣粘膜剥離細胞(パパニコロウ染色)
  • 発情中期 (有核好塩基性細胞と有核好酸性細胞)

  • 発情ピーク (無核角化細胞優位)

図1 発情兆候と尿中E₁Gの推移(2020年 良浜)

図2.尿中膣粘膜細胞及びE₁Gの推移(2020年 良浜)

3.交配実績

自然交配を第一優先とするためにオスとメスの発情の同期化を目指し、冬から春にかけて運動場の頻繁な交換や排泄物・マーキングの臭いを嗅がせました。その結果、2001年~2020年で14例の交配を認めました。いずれも自然交配を優先とし、メスの発情が持続しているにも関わらず、オスがメスに対して興味がなくなった2001年、2006年、2008年の3例のみ人工授精を併用しました。14例の内、出産は11例、受胎率は78.6%と高い割合となりました。近年では、繁殖個体の高年齢化が課題になっています。オスの「永明」の場合、2016年(24歳)以降は、交配時の体力を温存させるため、メスとの檻越しでの見合いを最短時間にすることと、交配間隔を7時間以上あけて休息の時間を与えるようにしています。

アドベンチャーワールドにおける繁殖成績
メス オス 交配日 交配形式 出産
月日 自然交配 人工授精
梅梅 永明 2001年 9月13~15日 7回 2回
2003年 5月21~23日 6回 -
2005年 4月4~6日 6回 -
2006年 8月26~28日 4回 2回
2008年 5月29~30日 6回 - -
2008年 9月15~16日 1回 1回 -
良浜 永明 2007年 2月20日 2回 - -
2008年 4月27~28日 3回 -
2010年 3月27~28日 3回 -
2010年 3月31~4月3日 5回 -
2014年 7月17~19日 5回 -
2016年 5月26~28日 6回 -
2018年 4月6~9日 6回 -
2020年 6月11~12日 5回 -